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サトウトクヤのアレクサンダー・テクニーク~トランペットを誰もが楽しめる楽器に~

トランペット、アレクサンダー・テクニーク教師サトウトクヤのブログ。アレクサンダー・テクニークとトランペットについて。Facebookページやツイッターもやってます。

「練習方法の見直し」世の中に正しい事や間違っている事は無い。

ただ、やりたい事とやりたくない事はある。

という事に年末気付きました。

 

年末に投稿した記事の考えから発展したような気もします。

 

自分のやりたい事を正しい事と思い込んでしまうと、誰かのやりたい事を間違ってる事と思ってしまう

「その人にとっては現時点で知り得る情報を元に思ったやりたい事であり正しい事なんだ」という情報をあなたが現時点で知らなければ、間違っている事をしてると思ってしまう。

 

 

何かの思いこみが無い限り、いや思い込みがあったとしてもその人はやりたい事をやっているだけ。

そこに効率とか時間とか完璧さとか、そういう概念を持ち込むと「それは間違っているよ、ダメだよ」と言いだす人が現れる。「こういうのもあるよ」とただ提案してもいいと思う。

 

 

確かに、良かれと思っても結果誰かを苦しめてしまっている人がいたら、止めたくなる。

本当はやりたい事を楽しくしたいはずなのに、苦しい思いをして目的を見失っている人を見ると助けたくなる。

けど、その人が思い込みを断ち切り、違う方法をやりたいと思わない限り、その思いは届かないのかもしれない。

楽しく無くてもやりたい事であれば彼らは幸せなのかもしれない。

 

 

人の気持ちは自分のコントロール外。本人が変わらなければ苦しみから助けたいとどんなに思っても変えられない。それにやっきになると相手は嫌な思いをし、自分自身は疲れてしまう

出来るのは自分のやりたい事をやる事、その中に提案があればすればいい。

 

 

視野が狭まるとそれが正しいとしか思えなくなり、やりたい事さえぼやける。それをしないとやりたい事が出来ないとさえ思いこんでしまう

 

なので自身も色んな事を学び、体験しておいた方が良いんですね。

その時は良いと思えないかもしれない。そしたら他の事をしてみる。それもダメかもしれない。でも最初に良いと思えなかった事が良いと気付けるようになるかもしれない

 

 

気付いたら自分への気付きになっていました。

 

 

 

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