サトウトクヤとアレクサンダー・テクニーク【無料メルマガ】の購読申し込みはこちら
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サトウトクヤのアレクサンダー・テクニーク~トランペットを誰もが楽しめる楽器に~

トランペット、アレクサンダー・テクニーク教師サトウトクヤのブログ。アレクサンダー・テクニークとトランペットについて。Facebookページやツイッターもやってます。

生徒を助けたい余り、追い詰めてしまう事も。

先生と生徒、先輩と後輩 思考・考え方

学生の頃、後輩にアドバイスする時こういう傾向にありました。

 

最近もたまーにあります。

助けになりたい、良くなって欲しいと思うあまり意見を押し付ける形になっていたのかもしれない。無意識に相手の過去の努力を否定してしまったのかも。

 

 

アレクサンダー・テクニークを学んでいる過程で「言葉の刺激にどう対処し、受け取るか」というテーマについて学び考えた事があります(今もですが)。

 

感覚的刺激であれば、例えば「美味しいご飯」という刺激に対して、昔の習慣に戻り身体を固めながら無意識に手を伸ばすのか

それとも頭が動ける事を思い出し意識的に手を伸ばすのか

 

何か酷い事を言われて、無意識に怒りモードに入り身体を固めて怒ったり、もしくはじっと我慢して全身を固め最終的に身体を壊すのか

それとも意識的にその「酷い事」という刺激を受け流し、それでも微笑み返すのか

 

 

アレクサンダー・テクニークの授業を受けている時、悩み相談をしていたクラスメイトに対し「それはあなたがそう感じているだけですよ」と、ある先生は返された。

 

今でこそ「酷い事を言われてもその刺激に対し上手く対処していけば良いんだ。自分に置き換えても、自分でわざわざ落ち込んでいる事を選択しているんだ。」と思えはしますが、当時は「何だこの先生は?!アレクサンダーの先生にもこんな人がいるのか?!」と思ったモノでした。

 

 

私はアレクサンダー・テクニーク教師になるために、フルタイム受講(ボディ、シンキング、ティーチング全て同時受講)を2年間続け、もうすぐ次の段階にステップアップします。

 

自分では特に意識してなかったのですが、私の生徒さんやアレクサンダー・テクニークを個人的に学ばれている方とお話したり、パートタイム受講のクラスメイトとお話する時でさえも、自分が本当にアレクサンダー・テクニークの思考にどっぷり浸かっている事に気付かされます。

 

お話を聞いてると瞬時に「なんでこの人はこう考えないのだろう?こうすれば良いのに」と思う事があり、ハッとします。昔の自分もそうだったし、そう言われるのに抵抗があったじゃないか

 

 

 

前に一度、ツイッターで悩み相談をしてくれた学生さんがいましたが、やりとりを何度か続けていたら返事が来なくなってしまった事がありました。

「やってしまった・・・」と思いました。もしかすると満足して返事してくれなくなったのかもしれませんが。

 

どんなに丁寧に優しく伝えたつもりでも、「意見を押しつけられた、否定された」と感じる事を防ぐ事はできないんですね、刺激をどう受け取るかは生徒さん次第です。

 

それでも「意見を押しつけられた、過去の努力を否定された」と相手が思っているだけ、と思うのか。「他の伝え方もあったよな、上手く自分で気付いてもらえるように伝えたかったな」と思うのか。私は後者の考えを持ち続けたいなと思いました。

 

頭が動けて、自分全部がついてきて、教えたいエネルギーの中に生徒さんを招待するから、伝いたい事を伝えられる。

 

 

いろんな知識があっても、幾つもの解決策が頭の中に浮かんでも、まずは生徒さん自身で気付けて、成長してくれるような、そんなレッスンが出来たらなと思います。

 

 

 

 

 

tokuya-tp.hatenablog.com