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サトウトクヤのアレクサンダー・テクニーク~トランペットを誰もが楽しめる楽器に~

トランペット、アレクサンダー・テクニーク教師サトウトクヤのブログ。アレクサンダー・テクニークとトランペットについて。Facebookページやツイッターもやってます。

演奏は誰の為に演奏するもの?お客さんやお世話になった先生の為も良いですがその前に。

思考・考え方 レッスンの様子・読者さんのご質問 あがり症・緊張

前々から少し引っかかっていたセリフがあります。

 

「〜〜な演奏は作曲者に失礼だ」「お客さんのために演奏しましょう」「〜〜先生に金賞プレゼント出来なかった・・・」というもの。

 

 

皆さんは誰のために演奏していますか?

色々な思いで演奏されている方がいらっしゃるのは分かりますし、別にそれを否定するつもりはありません。

 ただ、先ほど書いたセリフを言ったり思っている人でたまに、それが当たり前と思い込んでいたり、他の人にも当然とばかりに強要したりしているように感じる事もありました。

 

そしてそれが当たり前と思い強要している人が指導者や先輩にいると、恐怖と不安に怯えてしまいアガリ症を発症する事も少なくありません。

 

 

自分の為に演奏する。

私はプロでもない限り(いやプロでも?)演奏はお客さんのためにやるのでもなければ、作編曲者のためにやるものでもないと思っています。

 

私は最終的には自分のために演奏するものだと思っています。
「こんな演奏では失礼だ!」と思われるかもしれませんが、お客さんはあなた達の演奏を聴くと自分で決めて来場されたのですから、あなた達の演奏をすれば良いのです。

「失敗したらどうしよう、良い演奏でなかったどうしよう」とビクビクしてしまいがちですが、ますますアガリ症の影響が出てしまいます。

 

顧問の先生のために演奏するのでなく、顧問の先生に喜んで欲しい自分のために演奏する。
作曲者のためでなく、この作曲者が作曲した作品が好きな自分のために
部長だから先輩だからトップだから、ちゃんと演奏しないといけない訳でなく、音楽が好きな自分のために

 

 

自分のために演奏できない人を邪魔するモノ

音楽が楽器が好きで始めたはずなのに、いつのまにか他人の物差しで物事を測るようになり、自分を責めて否定して「なぜ演奏しているのかを忘れている人」が多い気がします。

 

それに気付いていても、なかなか考えを改められない人がいるのは吹奏楽部に限らず学校などで植えつけられたちゃんとしなさいという考え、一種の洗脳。怖いし悲しいですね。

 

音を外してはいけない思考も、誰かが作り出した幻であり洗脳だと思います。

外したら悪なのではなく、誰かが外して欲しくないから怒ってそう言ってるだけ。

外したら悪=真実だと自分まで思い込んでしまい、自分で自分を追い込んでしまう。「好きな演奏をする」で良いのかなと、まずは「音を当てたい」からとかいかがでしょう。

 

 

 

上記のつぶやきは、レッスン後ある生徒さんの悩みを聞いた後に思い付いた考えです。皆さん共通の悩みだけあってツイッターではお気に入り登録やRTが多かったですね。

誰のために演奏するのか、お世話になった方やお客さんをないがしろにしろという訳ではないですが、最終的に自分のため

 

フォロワーさんに教えて頂きましたが、ウィントン・マルサリスもそう言っていたそうです。同じ意見だと嬉しいね。