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サトウトクヤのアレクサンダー・テクニーク~トランペットを誰もが楽しめる楽器に~

トランペット、アレクサンダー・テクニーク教師サトウトクヤのブログ。アレクサンダー・テクニークとトランペットについて。Facebookページやツイッターもやってます。

頭で理解する事と、腑に落ちる事と、実際に体験してから理解する事は違う。

思考・考え方 先生と生徒、先輩と後輩

何かを教える時に、教わる時にこの考えがあると役に立つかもしれません。

 

1つ、人生は有限であるという事を例に話します。

 

 

「人生は限られています、なので悔いの無いように生きましょう。」

よく(かな?)聞く言葉ですね。

 

今の日本の平均寿命は・・・調べてませんが男性75歳、女性85歳くらいでしょうか?

生まれてから、色々な進路はありますがいわゆる学生でいられるのは長くても30歳くらい。そこから先は働いて働いて働いて・・・やめましょう。

 

ご年配のお話を聞くと「気付いたらこんな歳になってましたよ。」「もっと人生冒険すれば良かった」なんて。

「時間は限られてるから無駄に使わないの。」という言葉、なんとなく頭では理解出来ますよね?確かに人生一度きりだから時間を大切にし悔いの無いように生きたい。そしてそう思っているのになかなか行動に移せない、無駄に時間を過ごしてしまった・・・等々。

 

それでも、どこかしら「まあなんとかなるでしょう」なんて考えがあったりはしませんか?・・・書いてて自分で辛くなってきました。

 

この時点で、頭では理解しているが腑に落ちて無いんですね。

遊び呆けてたばかりにテストで赤点を取ってしまった、単位を落とし留年してしまった。ある仕事を後回しにした結果取引先とトラブルになってしまった等・・・そこで初めて理解できる事もあるんだと思います。

 

 

そして実際に体験するのは、例えば自身が交通事故に遭い急死に一生を得たとか・・・そういう時なのかなと思いました。

(文章変えました。)

 

 

なぜこの話をしたかと言うと

トランペットのアンブシュアについてなんですが似たような事があったからです。(楽器かよ!)金管奏者で、もし1オクターブも音域が下がってしまったらどうでしょう・・・?

 

頭では理解している、ただ腑に落ちない、納得していない

それだけで足取りがどんどん重くなりました。周りは簡単に言います。「~~だから○○しよう」「~~でいいんだよ」

 

恐らくは深く考え過ぎないようにとの配慮があっての事かもしれません。ただ、受け取り方次第ではあまりにも無責任に感じてしまう事だってあります。

 

指導者は言います、「深く考え過ぎないように、○○でも良いんだよ。」。そしてそれが真実だとしても生徒は不安になるものなんですね。生徒によっては「そうなんですね!ありがとうございます!」と素直に受け取ってくれる場合もあるでしょう。

また違う生徒では「でも・・・本当はこういう考えもあるんじゃないか?」と不安からドツボにハマってしまう事もあると思います。

 

現に僕がそうでした。今回の事は幸い悩むだけで済み2カ月程で実際に体験出来たので良かったのですが、こういうのって結構あると思うんです。

 

 

理想は余計な事を考えさせず、必要な事だけやってもらえればベストですが、そうもいかない時。指導者はどこまで生徒さんに親身になって悩み、その不安を和らいであげられるでしょうか。

僕は今回の件で、少なくともこのケースにおいては対処できるようになれたのではないかと思います。そして、これ以外の事でもなるべく一緒になってその不安を和らげていけたらと思いました。

 

そして学ぶ側としては、気になるなら納得するまでとことんやろうと今は思います。それを繰り返していくうちに「あぁ、今回も遠回りして納得するパターンかな、じゃあ今回は素直に聞こう。」なんて思える日がくるかも知れません。そこはまた違うシンキングが必要かもしれませんが。

 

 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして聖人は経験から悟る。

この言葉からすると、自分は愚者だなぁと思いました。ただ、聖人は経験から悟るというのは初めて見ました。

そしてビスマルクの本当の言葉は「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。」なんだそうです!

 

なんだ、同じ考えだ、失敗を避けるあたりも(苦笑)

ただ、この歴史も他人の経験もけっこうあてにならないんですよね。今の時代情報過多で、何を信じれば良いのかさっぱりですよね?

「~~でも大丈夫だよ」と言われても、もしそれが誤りであったり、人によって違うのならそれは途方も無く無責任な言葉です。でも僕らの世代でその情報がより正確になり情報も絞られるとしたら、それも悪くない気もします。

 

 

GWに来日していたアレクサンダー・テクニーク教師のルシア先生は「アレクサンダー・テクニークを学ぶなら、疑うのをやめる事」のような事をGW合宿の質問コーナーで話されていました。(他のトレーニーの皆さん、記憶違いだったら指摘してください。)

ここだけはハッキリ覚えてます、疑うのをやめる。つまり信じる事、とても心地よい感じがしました。

 

 

生徒さんが教えを頭で理解できて、押し付けでなく腑に落ちるような説明ができ、それをしっかり体験させてあげられるのが理想ですね。